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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)2770号 判決

原告

乾正博

被告

小川正彦

主文

一  被告は、原告に対し、六五八万八六〇六円及びこれに対する昭和五四年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二六八二万六八三三円及びこれに対する昭和五四年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生と結果

(一) 日時 昭和五四年一二月一二日午前一一時一五分ころ

(二) 場所 大阪府八尾市沼四丁目一九番地先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(泉五六る四九六六号以下「被告車」という。)

右運転者 被告

(四) 事故の態様 原告は、篠原稔の運転する自動二輪車(柏原市み三三号、以下「篠原車」という。)に同乗して前記場所付近のT字路交差点に西側から進入し、南に向かつて右折し始めたところ、先行車を追い越そうとして対向車線である南行車線を走行しながら、南から北へ向かつて右交差点に進入してきた被告車が篠原車と衝突し、これをその場に転倒させた(以下、「本件事故」という。)。

(五) 結果 原告は、本件事故により、右股関節中心性脱臼、骨盤骨折、右腓骨神経麻痺等の傷害を受けた。

2  被告の責任原因

被告は、本件事故当時加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたので、その運行によつて生じた後記損害を賠償すべき義務を負うものである。

3  損害

(一) 治療経過

原告は、本件事故による前記傷害のため、次のとおりの入通院治療を余儀なくされた。

(1) 入院

〈1〉 昭和五四年一二月二〇日から昭和五五年五月三一日まで大阪労災病院に入院(一六四日間)

〈2〉 昭和五五年一〇月一六日から昭和五六年一月三一日まで同病院に入院(一〇八日間)

〈3〉 昭和五六年一〇月八日から同月二六日まで同病院に入院(一九日間)

(2) 通院

〈1〉 昭和五四年一二月一二日から同月一八日まで八尾市立病院に通院(実日数四日)

〈2〉 昭和五五年六月一日から同年一〇月一五日まで大阪労災病院に通院(実日数七九日)

〈3〉 昭和五六年二月一日から昭和五七年二月四日まで同病院に通院(実日数一〇日)

(二) 後遺症

原告は、本件事故により、前記傷害を受け、右傷害に起因する股関節の疼痛が改善しないため、昭和五五年一〇月二一日右股関節固定術を受けた。その結果、原告の症状は、昭和五六年一月二〇日に固定したが、右股関節は、屈曲二〇度、外転一〇度、外旋一五度の角度で固定されたまま動かない状態にあり、膝関節は屈曲が四〇度に制限されている。更に、右足関節も、本件事故及び股関節固定術の影響で背屈がマイナス一五度で尖足(足先が下に垂れた形で足関節が拘縮をおこした状態のこと)の状態にあるが、尖足の場合でも股関節を動かすことができるならば歩くことは可能というもの、前記のとおり、原告の股関節は固定されて動かすことのできない状態にあるのであるから、尖足の状態にある足関節を使用して歩行することもできないことになり、機能的にみれば足関節もまた関節の用を廃したものというべきである。

原告の右後遺症の日常生活への影響としては、歩行時には常に杖を使用することが必要となり、座敷に座ることもできないので、椅子、ベツト、洋式便所等の使用を余儀なくされ、衣服の着脱も困難であり、原告の営業していた自動車板金塗装業も継続することができなくなつたことなどが挙げられる。

以上によれば、原告の右下肢は、全体としてその用を廃した状態となつているものであり、これは、自賠法施行令別表後遺障害等級表の第五級(「一下肢の用を全廃したもの」)に該当するものというべきである。

(三) 本件事故と右後遺障害との因果関係

ところで、原告は、本件事故により約五年前の昭和五〇年一月二六日、自動二輪車を運転していた普通乗用自動車に衝突されるという交通事故に遭い、(以下「第一事故」という。)、右股関節中心性脱臼骨折・骨盤骨折・右腓骨神経麻痺等の傷害を負つたことがあり、その結果、前記等級表第七級に相当する後遺障害が残存するに至つたが、症状固定後は特段の疼痛を覚えることもなく、また、右傷害に起因する股関節症も急速に進行することもないまま推移してきたものである。

しかるに、本件事故直後から、右股関節部に激しい疼痛が生ずるようになつてこれが頑固に継続し、また股関節症も急速に進行して股関節に骨頭壊死を生ずるようになつたため、その疼痛を除去し、かつ、股関節症の進行を阻止すべく、前記のごとき股関節固定術を施行せざるをえないことになつたものであり、その結果、右下肢の用を全廃するに至つたものであるから、本件事故と右後遺障害との間に因果関係があることは明らかである。

(四)(1) 治療費 二三一万五二九二円

原告は、前記入通院期間中、治療費として右金員を支出した。

(2) 付添費 九八万二〇〇円

原告は、前記入通院期間中付添人を必要とし、入院期間のうち二七二日間、通院期間のうち八三日間原告の母が付き添つたが、これに要した費用は、入院期間中は一日三〇〇〇円、通院期間中は一日二〇〇〇円の割合である。

(3) 入院雑費 二九万一〇〇〇円

原告は、前記のとおり合計二九一日間入院し、その間一日当たり一〇〇〇円の割合による入院雑費を要した。

(4) 休業損害 三二七万四四五〇円

原告は、本件事故当時自動車板金塗装業を営み、年間二八〇万六六七一円の収入を得ていたものであるが、本件事故による受傷のために、事故時から昭和五六年二月一一日までの一四か月間稼働することができなかつたので、右期間中の休業損害は三二七万四四五〇円となる。

(5) 設備投資費 四三九万三三〇〇円

原告は、本件事故以前に、右自動車板金塗装業のための事業設備として、焼付ブースや送風器等を購入、設置したが、本件事故により原告が長期の入通院を繰り返し、更に前記後遺障害も残存したため、右営業を継続することができず、廃業のやむなきに至つた。そのため、折角購入、設置した右設備類が不要になり、これに投じた費用四三九万三三〇〇円が全部無駄になつてしまつたので、右同額の損害を被つたものというべきである。

(6) 後遺症による逸失利益 一四七九万七五八三円

原告(昭和三二年一〇月三一日生)の後遺障害は、前記のとおり自賠法施行令別表後遺障害等級表の第五級に該当し、それによる労働能力の喪失率は七九パーセントというべきところ、原告は第一事故に起因する後遺障害(同表の第七級に該当)により既に五六パーセントの労働能力を喪失していたものであるから、その差額である二三パーセントの労働能力の喪失が本件事故によつてもたらされたものというべきである。そうすると、原告は、症状固定時である二三歳から六七歳までの四四年間にわたり、労働能力を二三パーセント喪失したことになるが、本件事故時の原告の年収は二八〇万六六七一円であるから、年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、後遺症による原告の逸失利益の後遺症固定時における時価を求めると、一四七九万七五八三円となる。

(算式)

二八〇万六六七一円×〇・二三×二二・九二三=一四七九万七五八三円

(7) 慰藉料 四九〇万円

原告が本件事故による受傷のため、長期間にわたり入通院治療を余儀なくされ、更に重篤な後遺症に悩んでいることは前記のとおりであるところ、原告の前記受傷及び後遺症による精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は四九〇万円(入通院分二一六万円、後遺症分二七四万円)が相当である。

(8) 弁護士費用 三〇〇万円

原告は、本訴の提起及び追行を原告代理人弁護士松尾直嗣に委任し、その費用として訴訟物価額の約一割にあたる三〇〇万円を支払うことを約した。

4  損害の填補

原告は、被告から、本件事故による損害の賠償として、合計七一二万六七九二円の支払を受けた。

よつて、原告は被告に対し、前記3(四)の合計額から4の填補額を控除した残額二六八二万六八三三円及びこれに対する不法行為の日である昭和五四年一二月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実(交通事故の発生と結果)中、(一)ないし(四)は認め、(五)は否認する。本件事故による原告の負傷は、打撲傷及び擦過傷程度のものである。

2  同2の事実(被告の責任原因)は認める。

3  同3(一)の事実(治療経過)中、(1)〈1〉ないし〈3〉及び(2)〈1〉〈2〉は認め、(2)〈3〉は知らない。

4  同3(二)の事実(後遺症)のうち原告がその主張の時に右股関節固定術を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

5  同3(三)の事実((本件事故と後遺症との因果関係)のうち原告が第一事故に遭い、その主張のような傷害を受け後遺症が残つたことは認めるが、その余は否認する。原告が本件事故によつて受けたのは、前記のとおり打撲傷及び擦過傷程度の傷害にすぎないのであつて、本件事故に基づく後遺症は全く存在しない。

原告が本件事故後に受けた右股関節固定術は、第一事故によつて受けた右股関節中心性脱臼骨折の傷害に起因する変形性股関節症に対する治療行為としてなされたものである。この股関節症は、本件事故以前から既に慢性的に進行していたものであつて、仮に本件事故後原告の股関節部に疼痛が生じた事実があつたとしても、右の股関節症の慢性的進行に伴つて生じてきたものにすぎず、本件事故によつて生じたものではない。また、仮に原告の右股関節部が尖足の状態にあるとしても、その原因は腓骨神経麻痺であり、しかもその麻痺は、第一事故後まもなくアキレス腱延長術を必要とするほど重症のものとして発症していたのであるから、これが本件事故に起因するものでないことも明らかである。

6  同3(四)の各事実(原告の被つた損害)は知らない。

7  同4の事実(損害の填補)は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(交通事故の発生と結果)は、(五)の点(原告の受傷内容)を除き当事者間に争いのないところ、成立に争いのない乙第二三、第七九号証によれば、原告が本件事故による直接の結果として、右下腿及び右股関節部挫傷の傷害を負つたことが認められるけれども、本件事故により右股関節中心性脱臼、骨盤骨折、右腓骨神経麻痺の傷害を受けたとの点は、これを認めるに足りる証拠がない。なお、原告がその主張の第一事故によつて右傷害を負つたことは当事者間に争いのないところである。

二  同2の事実(被告の責任原因)は、当事者間に争いがない。

三  同3(一)の事実(治療経過)のうち、(2)〈3〉を除いて当事者間に争いのないところ、成立に争いのない乙第八〇号証の一三、一六、一七、二〇によれば、右(2)〈3〉の事実が認められる。

四  同3(二)の事実(後遺症)のうち原告がその主張の時に右股関節固定術を受けたことは当事者間に争いがないので、その余の点について、以下検討する。

1  成立に争いのない甲第一、第三号証、第四号証の一、二、乙第六〇、第七九号証(原本の存在及び成立について争いがない)、第八〇号証の一ないし二〇、第八一号証の一ないし二七、第八二号証の一ないし五六、第八三号証の一ないし九四、第八四号証、第八五号証の一、証人平田宗興の証言(以下「平田証言」という。)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五四年一二月一二日本件事故に遭つた後、即日八尾市立病院で診察を受けたところ、同病院では右下腿及び股関節部挫傷により約二週間の安静休養を必要とする旨診断されたが、レントゲン撮影の結果では特に著変は認められなかつた。

(二)  しかし、原告は、本件事故の翌日から右股関節部にそれまでになかつた疼痛を覚えるようになり、同月一七日には、その疼痛が更に激しくなつて歩くこともできないほどの状態になつたので、同日、大阪労災病院に赴いて診察を受け、同月二〇日から同病院に入院して安静による保存的治療を受けるようになつた。その結果、疼痛は若干緩解したものの、なお依然として痛み続けたため、検査したところ、同病院のレントゲン撮影により、原告には右股関節の変形性関節症が進行しており、大腿骨の骨頭に壊死が生じていることが判明した。そこで、右股関節の角度を変えることによつて関節の状態を改善し、また、骨頭への血行を良くするために、昭和五五年二月一二日、内反骨切術を受けたが、右手術の後も股関節の疼痛がなくならなかつたため、更に、同年一〇月二一日、右股関節を、屈曲二〇度、外転一〇度、外旋一五度の角度で固定する右股関節固定術を受けた(この固定術を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(三)  このようにして、原告の症状は、昭和五六年一月二〇日、固定するに至つたところ、その症状は、右下肢の三大関節のうち、右膝関節は屈曲が一四〇度ないし一五〇度でほぼ正常可動範囲にあるが、右股関節は前記の位置で固定されたまま動かず、右足関節も、背屈がマイナス一五度(正常可動範囲はプラス二〇度程度)、底屈が五〇度であつて、右腓骨神経麻痺による下垂足、尖足の状態にあり、ほぼ強直に近い状態にある、というものである。

2  以上の事実を前提にして、原告の後遺症の存否、程度について検討するに、原告の右下肢の三大関節のうち、まず、右膝関節はほぼ正常な状態にあるものというべきであるが、右股関節は、手術によつて固定され動かなくなつてしまつているのであるから、既に股関節としての用を廃したものといわなければならない。更に、右足関節もその用を廃したものと認めるのが相当である。すなわち、右足関節は、前記認定のとおり、背屈がマイナス一五度で下垂足、尖足の状態にあり、底屈は一応可能なものの、全体として可動範囲は著しく狭められているばかりでなく、平田証言によれば、股関節は健常でただ下垂足のみが生じているという場合には、股関節を屈曲させることによつてようやく歩くことができるが、原告の場合のごとく、その股関節が固定されて動かなくなつているときには、これを屈曲させることによつて足関節の運動制限を補うことができないので、この足で歩行することは不可能であることが認められる。また前掲甲第四号証の一によれば、原告の右足関節の底屈のための関節運動筋力は半減しており、背屈のための運動筋力も著減又は消失していることが認められるのであつて、今後も、股関節が固定されたことによつて右下肢を使用することが一層少なくなり、このことが、下垂足、尖足に悪影響を与えることも推測するに難くないところである。これらの事情を総合すれば、原告の右足関節は、運動範囲としては若干の可動域をもつものの、機能的には完全強直に近い状態にあるものと認めることができ、したがつて、既にその用を廃したものというべきである。

そうすると、結局、本件事故による原告の前記後遺症は、一下肢の三大関節中の二関節(右股関節と右足関節)の用を廃した状態(自賠法施行令別表後遺障害等級表第六級)にあたるものといわなければならない。

なお、原告は、股関節、膝・足関節の状態を総合的に観察すれば、原告の右下肢全体が用廃の状態にある旨主張するけれども、右説示のとおり、右膝関節がほぼ正常な状態にある以上、右下肢全体がその用を廃したものということはできない。

五  同3(三)の事実(本件事故と後遺障害との因果関係)のうち、原告が本件事故より約五年前の昭和五〇年一月二六日に、自動二輪車を運転していて乗用自動車に衝突されるという交通事故(第一事故)に遭い、右股関節中心性脱臼骨折・骨盤骨折・右腓骨神経麻痺等の傷害を負つたこと、その結果、前記等級表第七級に相当する後遺障害が残存したことはいずれも当事者間に争いのないところ、本件事故によつて原告の受けた傷害が右下腿及び右股関節部挫傷のみであることは前記のとおりであり、また、成立に争いのない乙第三ないし第六号証、第一九、第二〇号証、前掲乙第八〇号証の一ないし六、第八一号証の一、第八四号証、平田証言、証人古村節男の証言(以下、「古村証言」という。)鑑定人古村節男の鑑定の結果(以下、「古村鑑定」という。)によれば、本件事故後施行された原告の右股関節部の内反骨切術、関節固定術の動機の一つである変形性関節症及びそれに基づく骨頭壊死は、本件事故によつて発症したものではなくて第一事故に起因するものであり、その後徐々に進行してきたものであること、右症状の進行に伴い、本件事故がなくてもいずれは同様の手術を施行せざるを得ない事態に立ち至るべきことが予想されたことがそれぞれ認められるのであつて、これらの事実関係からすれば、右手術の結果原告の右下肢に残存することとなつた前記後遺障害と本件事故との間には因果関係は存在しないものといわざるをえないかのごとくである。

しかしながら、本件事故の翌日から原告の右股関節部にそれまでになかつた疼痛が現われ、数日後にはその疼痛が更に激しくなつて歩くこともできないほどの状態になつたこと、前記股関節固定術は、右疼痛を除去するための治療方法であつたことは前記認定のとおりであり、平田証言及び古村証言によれば、右治療方法は、疼痛を除去するために必要やむを得ない措置であつたことが認められるとともに、前記認定のとおり徐々に進行してきた原告の右股関節の変形性関節症や大腿骨頭壊死が、本件事故直前の時点において既に右と同様の手術を必要とする程度にまで悪化していたことを窺わせるような証拠は見当たらないのである。そうであるとすると、第一事故に起因する右股関節の変形性関節症の症状が本件事故を契機として更に進行し悪化したものと推認するほかはないから、その意味において本件事故と原告の股関節の前記後遺障害との間にも因果関係が存在するものと認めるのが相当であつて、古村鑑定及び古村証言中右認定に反する部分は前記認定の事実関係に照らしてただちに採用することができず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

更に、原告の右足関節についても、第一事故によつて右腓骨神経麻痺の障害が生じたことは前記のとおりであり、平田証言によれば、原告の右足関節部の下垂足、尖足の状態はこの神経麻痺に起因するものであることが認められるので、原告の右足関節部に残存している前記後遺障害も本件事故との間に因果関係が存在しないかのようであるけれども、前掲乙第三号証によれば、第一事故による後遺症の固定時(昭和五一年三月九日)における原告の右足関節部の可動範囲は、背屈が自動で零度であるが、他動では五度であり拘縮も起こつていなかつたことが認められるので、これと比較すると、本件事故における原告の足関節の運動機能の障害は著しいというべきであつて、その点から本件事故と右後遺障害との間の因果関係を推認するのが相当であり、乙第八五号証の三の記載内容中これに反する部分は採用しがたい。

六  損害

1  治療費 二二九万八二七一円

成立に争いのない乙第二九ないし第三二号証、第三四ないし第三六号証、第三八ないし第五八号証によれば、原告は、前記入通院期間中に、合計二二九万八二七一円の治療費を支出したことが認められる。

2  付添費 八六万二〇〇〇円

成立に争いのない乙第二四ないし第二八号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は前記入通院期間のうち一回目の手術時である昭和五五年二月一二日から昭和五六年一〇月二六日までの間付添人を必要とする状態にあり、かつ、実際に、昭和五五年一〇月一六日から同月二〇日までの間を除き、原告の母など近親者が付添つたことが認められ、その費用は、経験則上、入院期間中は一日当たり三〇〇〇円、通院期間中は一日当たり二〇〇〇円の割合であると認めるのが相当であるから、右付添費は、入院期間中が六九万六〇〇〇円(三〇〇〇円×二三二日)、通院期間中が一六万六〇〇〇円(二〇〇〇円×八三日)となる。

3  入院雑費 二九万一〇〇〇円

原告が合計二九一日間入院加療を受けたことは前記のとおりであるところ、その間の入院雑費は、経験則上、一日当たり一〇〇〇円の割合であると認めるのが相当であるから、右期間中の入院雑費は合計二九万一〇〇〇円となる。

4  休業損害 三一一万〇七二七円

成立に争いのない甲第六号証の一ないし三、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、自動車板金塗装業を営んでおり、本件事故前一年間に二八〇万六六七一円の利益を得ていたこと、本件事故により進行し悪化した症状の治療のため昭和五四年一二月一二日から症状固定日である昭和五六年一月二〇日まで一三か月九日間休業を余儀なくされたことが認められるので、原告が本件事故によつて被つた休業損害は、三一一万〇七二七円である(円未満四捨五入、以下同じ。)。

(算式)

5  設備投資費 二〇〇万円

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五四年一月ころ、前記営業のための設備として焼付ブース工事を施行し、また右営業に必要な機械類その他の道具を購入し、その費用として合計四三九万三三〇〇円を支出したこと、ところが、本件事故により長期間にわたつて入通院を続け、更に前記のとおりの後遺障害が残存するに至つたため、右営業を継続することができなくなり、そのまま廃業するに至つたこと、その結果、営業設備のために投じた右の費用を営業収益によつて回収することができず、無駄になつたことがそれぞれ認められる。

もつとも、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、前記ブースや機械類もスクラツプして売却すれば多少の対価が得られる見込みがあること、これらの設備を設置してから本件事故に遭うまでの間に、それを使用して相当の利益を得たことがそれぞれ認められるとともに、右廃業の一因である股関節の後遺症が、本件事故がなくても早晩股関節固定術を受けざるを得ない事態に立ち至ることが予測される程度にその症状が進行していた変形性関節症に起因するものであることは前記のとおりであつて、これらの事情を考慮すれば、原告の前記支出のうち、本件事故と相当因果関係に立つ損害と評価することができるのは二〇〇万円の限度であると認めるのが相当である。

6  後遺症による逸失利益 一〇五万三四〇〇円

原告の後遺障害が一下肢の三大関節中の二関節が用を廃したものであり、自賠法施行令別表後遺障害等級表の第六級に該当することは前記のとおりであるから、これによつてその労働能力の六七パーセントが失われ、三三パーセントの労働能力のみを残す状態となつたものというべきところ、第一事故の結果同等級表第七級に該当する後遺障害が残存したことは当事者間に争いのないところであるから、本件事故当時、原告は既にその労働能力の五六パーセントを喪失し、本件事故当時健常時の四四パーセントの労働能力しか有していなかつたものというべきであり、したがつて、本件事故による原告の労働能力の喪失は健常時の一一パーセントの限度であつたことになる。

更に、古村鑑定及び古村証言によれば、第一事故によつて発症していた原告の右股関節変形性関節症及び大腿骨頭壊死は慢性的に進行し、本件事故直前ころの時点で既にかなり重症の状態になつていたこと、その時点(昭和五四年五月二四日)での右患部のレントゲン撮影の結果と本件事故後のレントゲン撮影の結果との間にさほど大きな差異はみられなかつたことがそれぞれ認められるのであつて、これらの点から考えると、たとえ本件事故がなかつたとしても、遅くとも五年以内には、原告の変形性関節症は、股関節固定術を必要とする程度にまで進行し、結局、本件と同様の後遺障害を残す結果となつたものと推認するのが相当である。

そうすると、前記後遺症に基づいて失われた原告の労働能力のうち、本件事故によるものは五年分に限られるものというべきところ、原告の本件事故当時の年収は、前記のとおり二八〇万六六七一円であるから、これらを基礎として年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故と相当因果関係に立つ後遺症に基づく原告の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、一〇五万三四〇〇円となる。

(算式)

二八〇万六六七一円×〇・一一×三・四一二(事故時から五年間のホフマン係数四・三六四四-事故時から症状固定時まで一年間のホフマン係数〇・九五二四)=一〇五万三四〇〇円

なお、原告本人尋問の結果によると、原告は、現在近畿日本鉄道株式会社に勤務し、月額一一万円余の給与を得ていることが認められ、これによれば、原告は、本件事故による後遺障害の症状固定後において、前記等級表第六級に相当する六七パーセントもの労働能力を喪失してはいないといわざるを得ないかのごとくである。しかしながら、前記認定の後遺症の内容、程度等からすると、原告が現在鉄道会社の従業員としての仕事に従事するに当たつては、円滑に職務を遂行すべく人並み以上に努力していることが推認されるし、また、将来の昇給・昇任についても同僚と比べて相対的に不利益な取扱いを受けるおそれが予想される上、原告が転職を試みようとする場合には右後遺症が著しい障害となることが推測されるといわなければならない。したがつて、本件においては、右後遺症が原告に将来にわたり経済的不利益をもたらすことを肯認するに足りる特別の事情があるというべきであるから、労働能力の喪失率については前記のとおり認定するのが相当である。

7  慰藉料 三五〇万円

本件事故の態様、原告の受けた傷害の内容、治療経過、後遺症の内容・程度、原告の年齢、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、原告の被つた傷害及び後遺症に基づく精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額は三五〇万円とするのが相当である。

六  損益相殺

原告が、被告から本件損害の賠償として、七一二万六七九二円を受領したことは、当事者間に争いがない。

七  弁護士費用 六〇万円

弁論の全趣旨によれば、請求原因3(四)(8)の事実が認められるところ、本件事案の難易、審理経過、認容額、その他本件証拠上認められる諸般の事情を併せ考えると、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用の額は、六〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、六五八万八六〇六円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五四年一二月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する

(裁判官 藤原弘道 加藤新太郎 浜秀樹)

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